難病筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者への支援について ~いでしたクリニックでの支援~

2022年5月に筋萎縮性側索硬化症(ALS)の診断を受けられたA様(70代女性)は、2023年11月より、いでしたクリニックの医療・介護サービスをご利用中です。

利用開始当初には、「体がしんどいから、もう死にたい」と訴えられたこともありましたが、いまでは、ご家族、医師、看護師、リハビリ職、介護職員、その他の施設スタッフによる毎日の支えのもと、少しずつ前を向いておられます。A様へのこれまでの支援の経緯や、いでしたクリニックで実践中のケアについて紹介させていただきます。

1. 経緯(サービス利用前:自覚症状出現~ALS診断~サービス付き高齢者向け住宅「みんなの家」入所)

2020年9月、ろれつがまわらなくなってきたことが最初の自覚症状だったとのこと(声がかすれる、構音障害出現)。

2021年9月ごろより嚥下障害を自覚し(進行性球麻痺と診断)、2022年5月ごろより体動時の息切れが出現、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の診断を受けられました。

2022年8月、食事摂取が困難となり、胃ろうを造設。2023年8月、呼吸困難があり、在宅酸素療法開始。同年9月、呼吸困難症状が悪化。たんの吸引を目的に気管切開術を受けられました。発症後より在宅で、ご家族、各専門職による在宅介護を続けてこられましたが、その後は転院を経て、同年12月より、サービス付き高齢者向け住宅「みんなの家」(以下サ高住みんなの家)へ入所されることとなりました。

2. サ高住「みんなの家」入所後の支援

サ高住みんなの家への入所後からは、訪問診療、訪問看護(看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士)、定期巡回型訪問介護、サ高住スタッフによる毎日、24時間体制の支援がスタートしました。ご本人としては、当時のことを「生きるのがつらかった」と表現されており、この時期がいちばんつらかったと振り返っておられます。不安感や寂しさからナースコールが頻回になることも、しばしばありました。支援スタッフには、必要なケアが終わってからも、じっくり話を聴こうとする人もいて、そうした関わりに救われる時があったとも振り返っておられます。

3. つらい時期を乗り越えて

サービス利用開始から約5カ月が経過しました。「いちばんおつらい気持ちだった時期が10とすると、いまはどのくらいですか?」という質問には、「5です」と答えておられます。体のつらさは日に日に増しているため、「5」のつらさを感じているとのことですが、気持ちはずいぶん楽になってきているとのこと。

その要因としては、

  1. ケアスタッフが本人の状態に合った、個別の対応をよくしてくれていること
  2. 主治医に薬を調整してもらい、よく眠れるようになったこと
  3. ナースコールに迅速に対応してもらえていること

などを挙げておられます。

4. なにげない日常会話を楽しみたい(意思伝達装置の導入)

症状を自覚するようになった当初から、構音障害のために言葉でのコミュニケーションは難しくなっていたとのこと。文字盤を使用しての筆談は、症状の悪化に伴い、疲れやすさを感じるようになっておられました。それでも、「話を聴いてほしい」、「なにげない日常会話を楽しみたい」との思いを強く持たれていたことから、広島市の「日常生活用具の給付制度」を利用し、意思伝達装置(オリヒメ)の活用に向けて、デモ機を導入することとなり、現在、リハビリ職や介護職の支援のもと、練習に取り組まれています。今の目標を伺うと、「一日をなんとか過ごすこと」と答えておられます。また、「手が疲れてとても大変ですが、少しでもスムーズなコミュニケーションがとれるようになるために、意思伝達装置(オリヒメ)の操作の練習に取り組んでいきたい」とも語っておられます。

5. 生活の質(QOL)の向上に向けた支援

当クリニックでは、パーキンソン病などの神経難病を患う方、終末期のがんを患う方などの、医療必要度の高い方々に対して24時間体制でのケアを提供しています。今後も、ご利用者お一人お一人の思いを大切にできるケアを行い、生活の質(QOL)向上に向けた支援ができるよう、スタッフ一同取り組んでまいります。

意思伝達装置「オリヒメ」の操作をされているところ